一水四見

enju's Private Blog

心理ケア

変わるということ

IMG_1976今月も宮城の仕事を終え帰還。確かに仕事なのだけど、これは出会いの旅だと思っている。僕らは何も売らないし、何か働きかけている訳でもない。社会的な価値観からは確かに不思議な仕事だ。

あの日、仮設住宅でお婆ちゃんにもらったおにぎりを食べた日から、僕の中で何かが変わった。確実に言えるのは、何かが変わったのは3.11からでなく、あのおにぎりを食べた日からだ。

今回も、人間と出会った。

東北の日本人に出会った。

名前を持った、誰にも代われない運命を生きている人に出会った。

これからも、一人の人間として、一人ひとりの人間に会いにいくのだろう。

何が余計なものか、だんだん身にしみてきました。

合掌

「被災された方同士でその体験を語り合うことがほとんどない」

542135_380928868613855_100000902355311_1179478_2067193760_n被災地、特に仮設住宅に行って感じたこと。

「被災された方同士でその体験を語り合うことがほとんどない」

それは、仮設に集まった被災者は、相手がどれくらいの被害を受けたか、どれくらいのものを失ったかが分からないために、もし相手の方の被害のほうが悲惨だった場合を気づかうと、とても自分の話しはできないという思いがあるからだ。

自分より大変な思いをしている人がいくらでもいる。それでも歯を食いしばってがんばってらっしゃる。そんな人を思うと自分はまだ恵まれている。だから自分も泣き言なんて言ってられない。

東北の方々は、我慢強く、不平不満を口にしないと言われるが、そこには他を気づかう思いやりがあったのだ。

震災から一年が過ぎ、ようやく泣けるようになったと語る方が多い。みんなが必死に耐え、がんばっていこうという空気の中、泣き言も、不満も、悲しみも、寂しさも口に出せなかったという。

そんな苦悩の中の、心理ケアや、傾聴ボランティアが入っていったが、かえって被災者の方々の心を傷つけ、今では「傾聴ボランティアお断り」という仮設住宅も多いという。

なぜ、彼らが被災者の心をケアするつもりが、かえってその心を荒らすことになったのかは、それを行なった方々の分析にまかせるが、現地では、県外からやってきては去る心理ケアの人びとに不信感を持っている方々も多い。

しかしながら、先に書いたように、仮設住宅では被災者の方々は「あいさつ程度」の会話しかできない。互いを気遣う故に、だ。

だからやはり外部の人間になら話すことができるというのだが、その外部の人間が何も傾聴ボランティアだとか、心理ケアチームである必然性はないということを我々は見てきた。

信頼できる他者とは何だろうか。

自分は何物なんだろうか。

僕らも今年一年の関わりを通して、それを問われるのだと思う。

いや、すでに問われ続けている。

被災地へ

IMG_1505宮城遠征第一弾から帰還。NPO法人地球の楽好(http://www.chikyuunogakkou.blogspot.com/)のプロジェクトにフェンスワークス(http://www.fenceworks.jp/index.html)宮城PTチームとして参加。これから1年間に渡り、毎月宮城県へ飛ぶことになりました。

震災直後には被災地に直接関わることができなかったのですが、震災から1年が経とうとする今、ようやく出番が回ってきました。当初からおそらく1年後に様々な心理的なサポートグループが必要とされるだろうと予測していたように、現地の方々の心のケア、またそれをサポートするスタッフサイドの心理的ケアが求められています。我々はPCAをベースとした即興劇などを用い、現地の子どもたちや、それに関わる大人の方々のケアにあたります。

第一回目の遠征では、中学校、地域スタッフ、保育園、高校を回りワークショップをしてきました。長旅と慣れない場所での移動、チーム缶詰生活、毎夜遅くまでのミーティングと、身体的にも辛いのですが、それよりも、被災地の方々の想像を絶する体験をお聞きすることによる心労の方が数倍大きい。その意味でも、サポート側のチームミーティングが欠かせないのでした。

スタッフの代表の方が、県外から来ていただく方々への二次被害を懸念するとおっしゃっていました。それだけ、被災地の方々の受けた衝撃は重く深いのです。その体験を聞く人も、何らかの影響を受けずには済まない。(実は僕自身も今、被災地から戻りましたが、この経験を語る人がいません。スタッフで後日ミーティングすることになっていますが、話せないというのはそれだけで辛いことです)。

当然辛く悲しいお話が多いのですが、そんな中でも今回感じたことは子どもたちのエネルギー、その力。家や家族を失った子どももたくさんいます。心に深い傷を負っているここと思いますが、彼らには未来があります。これから人生を生き抜こうとする力を、希望を感じました。その真剣な眼差しに本当にこちらが救われました。

そして重要なのは、県外(外部)からの人間が短期間だけ関わって去っていくということは、それはそれで必要なこともあると思いますが、一方そういう関わりが現地の方々にとってどうなのかということも考えなければなりません。今回のプロジェクトには、我々が提供する舞台構造を使ったメゾットを現地の方が使えるようになり、現地で現地の方々が展開できるような仕組みを作ることも含まれています。そしてそれが可能であることは、最終日の高校生と先生との関わりで実感しました。

この地球の楽好さんのプロジェクトに参加するのは今のところ1年間の予定ですが、その間に様々なご縁が繋がり出すことでしょう。またこのブログでも経緯を記していきたいと思います。



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